「警察」をめぐるポリティクスをめぐるポリティクス
2008年度アジア民衆史研究会では、「「警察」をめぐるポリティクス」を年度テーマに掲げ、「警察」と民衆が接触するミクロな範囲を対象とし、そこにおける権力と民衆との複雑な関係性を議論することで、近世・近代移行期における民衆の世界観の一端を明らかにしたい。
2008年度アジア民衆史研究会では、「「警察」をめぐるポリティクス」を年度テーマに掲げ、「警察」と民衆が接触するミクロな範囲を対象とし、そこにおける権力と民衆との複雑な関係性を議論することで、近世・近代移行期における民衆の世界観の一端を明らかにしたい。
これまでアジア民衆史研究会では2001年度以来、中長期的なテーマとして「東アジアにおける民衆の世界観」を掲げてきた。そこでは、空間・時間・人間に関わる意識総体を〈世界観〉として把握し、そこからアジア地域における民衆の主体形成の問題を検討することを課題としている。
このテーマのもと、「君主観と主体の形成」(2001年度)、「他者をめぐる空間認識」(2002年度)、「他者をめぐる空間認識Ⅱ」(2003年度)、「移動・接触からみる空間認識」(2004年度)、「ウェスタンインパクトはいかに語られたか」(2005年度)の年度テーマを掲げて議論を重ねてきた。
しかし、これらの議論は最終的には国民国家論に還元されてしまうだけではないのか、という課題が生じてきた。そこで、人々の生活世界における身近で微細な権力・政治の闘争をポリティクスとし、ある「場」にあらわれるポリティクスに注目して、そこから民衆の思考や行動をみることとした。2006年度は「死をめぐるポリティクス」を年度テーマに掲げ、死者の葬り方や墓地のあり方などに対し、近世・近代移行期の権力が多様なかたちで介入し、地域社会や民衆との相克を孕みつつ、新たな変容を生じさせていく様相を明らかにした。ついで2007年度は「老いをめぐるポリティクス」を年度テーマとし、「老人」に対する権力の関与だけではなく、「老い」やその対極にある「青年」を規定する社会的背景をも含めた議論を行なった。
その結果、「場」には、社会や大小の権力の介入があり、単なる対立に留まらない権力と民衆との様々な関係性を見出すという成果を得ることができた。その一方で、そこにみられる権力の多様さゆえに、権力と民衆との関係性をめぐる論点が広がりすぎたため、議論の集約という点では課題が残された。
そこで2008年度は、民衆世界に介入する様々な権力のうちの一つである「警察」を主たる検討対象として設定することとした。ここでいう「警察」は、近代国家制度としての警察に限定せず、広く治安維持権力一般を指すものとする。
従来、警察は民衆と対立する存在としてのみ位置付けられる傾向にあった。しかし、近年の研究では、権力と民衆の関係性を問い直すものがみられる。近代の日本においては、警察制度と民衆が接触するなかで「警察の民衆化」や「民衆の警察化」という事態が生じていたことが指摘され、植民地化過程の朝鮮においては、植民地権力が植民地民から憲兵を採用し、そのことが権力側・民衆側双方に矛盾をもたらす状況が指摘されている。
前近代の治安維持権力に関する研究でも、対立ばかりではない民衆との関係性が指摘されている。例えば近世の日本では、民衆を取り締まる側と取り締まられる側の人間が同一であることがしばしばみられ、農兵などのように民衆が治安維持権力を形成する事例が知られている。また中国史の研究においては、清朝期の江南地域で民衆が国家の治安維持権力を地域社会に招き入れて治安維持の実現をはかっていたことが明らかにされている。このようにしてみると、抵抗と抑圧の図式のみに回収されない「警察」と民衆との関係性を描くことが現在求められているといえよう。
「警察」をめぐるポリティクスをみることは、「警察」研究を進展させるだけではなく、民衆史研究にとっても大きな意味があろう。なぜなら、民衆の生活世界を対象としたミクロな視点で「警察」と民衆の接点をみることによって、そこにあらわれる民衆と権力の複雑な関係性を描き出し、民衆の世界観の新たな側面を浮かび上がらせることができると考えられるからである。
文責:中西崇
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