2008/06/05

早稲田大学文学学術院シンポジウムのご案内

 早稲田大学文学研究科の日本近現代史ゼミより、企画のご案内がありましたので、ここに掲載いたします。

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早稲田大学文学学術院公開シンポジウム

歴史学にもっと論争を! 
――安丸良夫『文明化の経験』をめぐって――

日時:614日(土) 13:00
場所:早稲田大学戸山キャンパス 36号館682教室 
報告:安丸良夫氏、深谷克己氏、大日方純夫氏
司会:金井隆典氏、檜皮瑞樹氏
主催:早稲田大学文学学術院日本近現代史ゼミ・近世史ゼミ・政治学研究科梅森直之ゼミ
ビラ:http://www.waseda.jp/bun-jlc/yasumaru/yasumaru3b.jpg
サイト:http://d.hatena.ne.jp/ummr/20080517

【趣旨文】

本企画の趣旨

 昨年発行された安丸良夫氏の著作、『文明化の経験――近代転換期の日本』(岩波書店・2007)は、氏が80年代に発表した論稿を中心としているが、新たに書き下ろされた序論と現代の問題状況を考察した補論を加えることで、既出の論文に新たな意味を付与し、現在の地点からの「近代転換期の日本」の再解釈と総体的な理解を試みた積極的な問題提起の書となっている。
 
 周知のように、1990年前後を画期として、歴史学の方法に対するさまざまな懐疑的見解が提出されている。歴史学の言説の政治性や権力性が繰り返し指摘されるとともに、〈対象とする時代の全体像を描き出す〉というこれまで歴史研究者が目標と定めてきた行為そのものについても、その原理的な不可能性や叙述の受け手に対する抑圧的側面が強調されてきた。歴史研究を取り巻くこのような状況が、若手研究者たちの間に「方向感覚の喪失」とも言うべき気分を醸成し、研究の個別分散化や浮遊化を助長しているという指摘もある[1]

 安丸氏も、こうした歴史学批判の動向やそれらの主張が拠り所とする諸思潮を積極的に吸収しており、それは、近代歴史学を近代世界の自己意識として規定していることによっても示されている[2]。しかし、こうした理解に立ちながら――そして、自身の内面に暗い虚無感を潜ませながら[3]――も、あくまで歴史学のディシプリンを堅持し、大胆な歴史像の提示を行っているところに安丸氏の立場が現れている。その意味で『文明化の経験』は氏の現在の歴史学に対する挑発の書と言うことができよう。今回、私たちが本シンポジウムを企画したのは、歴史学のゼミナールに所属する――「方向感覚の喪失」を指摘される――学生として、こうした安丸氏の問題提起をとりわけ深く考えるべき立場にあると考えたからにほかならない。
 
 そのための補助線とすべく、本シンポジウムでは、安丸氏からの論争的な問いに対し、研究対象の近いお二人の方から応答をいただくことにした。
 
 大日方純夫氏について安丸氏は「民権期研究正統派」と位置づけた上で、その所説に批判的な検討を加えている[4]。安丸氏の大日方批判の眼目は、いわゆる「民衆史派」からする「民権派」批判という主旨ではなく、むしろ「民権派対民衆史派」という対抗軸自体の有効性に疑義を呈し、より豊かな歴史像の構築に向けての方法を提起するところにあると思われる。ことは歴史理論をいかに深めるかということに関わっており、したがって、両氏の対立点は単に個別の実証的レベルではなく、対象へ切り込むアプローチの仕方や、さらには日本の近代に対する全体的な評価にまで及ぶものと思われる。
 
 一方、深谷克己氏と安丸氏とは、共に民衆史研究の草創に立ち会い、長らくこの領域をリードしてきた間柄にあり、大きな見解の相違はないように思われる。しかしながら、近世社会における法的支配のあり方に注目し、その中での民間社会の自立化を重視する深谷氏と、社会秩序の背後にある宗教的心性や暴力の存在に注意を払う安丸氏との間には、近代の市民社会に対する観方や逸脱的契機の捉え方などを含め、歴史観の基本的な部分に関して看過しえない対立点が存在すると考えられる。
 
 深谷氏が「分野史でなく、全体史の視点が歴史学の存在理由である」と述べ[5]、大日方氏が歴史学の「現在の現実に足場を据えて過去を未来に架橋する」役割を繰り返し強調していることからも分かるように[6]、現在との緊張関係の中で歴史の全体像に迫ろうとしている点で、三氏は大きな目的を共有していると言える。そうであるからこそ、『文明化の経験』の中で安丸氏が提示した論点を介して、三氏の歴史観の共振と相克を孕んだ関係をあらためて議論の主題とすることで、その緊張関係の中から歴史学の次の段階を展望する手掛かりが見出せるのではないかと考えている。

 現在の歴史研究が方向感覚を喪失しているとするならば、その恢復の道は、個別的な実証研究に埋没することでも、出来合いの歴史観をそのまま受容することでもなく、歴史研究者の一人一人が、過去と現在との間で問題意識と研究方法を絶えず鍛えなおし、そうして得られた歴史像を互いにつき合わせ、論争するという実践を通してこそ開けるものであろう。今回の試みがそうした気運を励ますことに多少なりとも貢献できれば幸いである。

実行委員会  


[1] 高岡裕之「日本近現代史研究の現在――「社会」史の次元から考える―」(『歴史評論』693・2008)。
[2] 安丸『文明化の経験』、13-14頁。
[3] 同上、414頁。
[4] 同上、22-24頁。
[5] 深谷克己『綱引きする歴史学』(校倉書房・1998)、 54頁。
[6]大日方純夫『近現代史考究の座標――過去から未来への架橋』(校倉書房・2007)。