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2002年度テーマ 東アジアにおける民衆の世界観(2):他者をめぐる空間認識

昨年来、アジア民衆史は、中期的テーマとして、アジア地域における民衆の「意識」総体を「世界観」として把握し、そこから民衆の主体形成の問題を検討していくこととした。この「世界観」については、昨年の方針において、「人々の空間・時間・人間に関わる意識の総体を指すものと、とりあえず、定義したい。そうした世界観は人々の発言、行動、経験や実践を支え、規制すると同時に、人々の発言、行動、経験や実践によって創出される認識枠組である」という共通の認識を得ている。その上で、昨年は、「一般に人々の主体形成は、権威のあり様と密接な関連をもっている。そうした権威の形態の一つとして存在するのが、君主である」という認識のもとで、君主観をとりあげ、それがいかに民衆の主体形成を規定しているとともに、民衆の側から逆に君主観総体を構成するかを検討してきた。
本年度のアジア民衆史研究会は、昨年来の「世界観」に対する検討を継続しつつ、新たに、他者を意識することによって、どのような空間認識が創出され、想起され、変容していくのかという問題をとりあげる。近代移行期においては、ウェスタンインパクトによって、いやがおうでも、空間認識が世界全体を対象とするようになったといえよう。ただ、この空間とは、現実の民衆が生活し活動することによって創出されていく場であるとともに、民衆の活動が規定されている認識枠組でもある。
通常、このような空間のありかたは、民衆の意識総体の前提であるがゆえに、逆に強く認識されえない。しかしながら、他者を意識することにより、それぞれの空間の固有なありかたが強く認識されてくる。人は、みずからと強く結びつけられていると感じていたものとは違う、他者としての人・もの・文化などに向き合わざるを得なくなる。このことは、一面では、自/他の境界を創出するとともに、さらに、その自/他の境界をこえる可能性を生み出すことにつながっていくであろう。
もちろん、他者に向き合ういうことは、それぞれの場において、多様な過程を生みだしていく。そして、この、他者を意識することによって、民衆の空間認識は、創出され、想起され、変容していくのである。この、他者を意識することによって、強く認識される空間認識の多様なあり方を、近代移行期の世界観総体の構造を理解していく一環として、検討することにしたい。