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2003年度テーマ 他者をめぐる空間認識 II :東アジアにおける民衆の世界観(3)

一昨年来アジア民衆史研究会は、中長期的テーマとして「東アジアにおける民衆の世界観」を掲げ、アジア地域における民衆の空間・時間・人間に関わる意識総体を〈世界観〉として把握し、そこから民衆の主体形成の問題を検討していくことにした。この〈世界観〉とは「人々の発言、行動、経験や実践を支え、規制すると同時に、人々の発言、行動、経験や実践によって創出される認識枠組」であるとの共通認識が一昨年、昨年度の方針において得られている。
以上の方針のもと、一昨年度は主体形成と権威のあり様との関連性を明らかにすべく民衆の君主観について取り上げ、昨年度からは人々が空間をどのように意味づけているか、という空間認識の問題を検討している。
ここでいう〈空間〉とは日常空間のみならず、意識的・仮想的空間も含んでいる。人々は〈空間〉を通して世界で起こるさまざまな事象を受け止め、意味づけようとする。そしてこの空間認識に従って人々はさまざまな実践をなしていく。しかし同時に人々の実践は場の構造を変化させ、前提であった空間認識の変容へとつながっていく。空間認識とは人々の実践を規定する認識枠組であるが、そこには人々の主体的な営みによって変容する可能性が常に内在しているのである。
昨年度は近代移行期のアジアにおける〈他者〉の問題に着目し、さまざまな形で創出・変容する自/他の境界認識の様相を明らかにした。本年度も引き続き〈他者〉をめぐる空間認識を取り上げるが、本年度は18世紀から20世紀初頭までを視野に入れ、特に人々が空間認識を形成し変容させていく際に陰に陽に影響を与える種々の権力の動きに留意しながら検討していくことにしたい。
確かに人々が抱く空間認識は多様性に富んだものである。ただしそれは国家や資本主義が人々の生きる空間に対して持つ力が弱いことを示すわけではない。人々の生きる空間にはしばしば政治的に不平等・不均衡な関係が発生し、経済的な搾取も行われる。むしろ権力や秩序によって空間編成が強固に押し進められる、換言すれば〈支配〉側の空間認識が圧倒的な力を持って人々の前に立ち現れてくる、そういう状況で生きなければならないからこそ人々は多様な空間認識を生み出すのである。
権力・秩序が境界を設定することで空間を切り分け、自/他を措定して意味づける場合、一定の価値基準によって空間を編成し、序列化する形をとる。これはいつの時代にも見られ…