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2015年度第2回研究会のお知らせ

アジア民衆史研究会 2015年度第2回研究会を下記の要領で行います。 お誘い合わせの上、ふるってご参加下さい。
日時:20151122日(日)
12:00~臨時総会(規約改正など) 13:00~研究会
報告
(1)久留島哲氏「19世紀朝鮮における対外認識の実像と変遷―「異様船」来航事例を中心に―」
(2)中村祐也氏「南路電線をめぐる朝鮮 の外交と日本」
(3)阿部晋也氏「臨城事件について―中央と地方の対応の比較から―」

会場 明治大学駿河台キャンパスグローバルフロント 3階 4031教室
※レジュメ代200円を頂きます。


お問い合わせ:
   〒101-8301 東京都千代田区神田駿河台1-1
   明治大学情報コミュニケーション学部 須田努研究室

シンポジウムと講演会のお知らせ

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シンポジウム「儒教的民本主義と国民国家形成」、特別講演「ヨーロッパにおける丸山真男研究の状況」のご案内をいただきましたので、掲載いたします。
よろしくお願いいたします。

(1)シンポジウム「儒教的民本主義と国民国家形成」
 日時:12月13日(日) 10:30~17:30
 場所:明治大学駿河台校舎 グローバルフロント4021教室
   詳細は以下のチラシをご参照ください。

 (2)特別講演「ヨーロッパにおける丸山真男研究の状況」
  日時:2015年12月11日(金)3:00~5:00
  場所:明治大学駿河台校舎 グローバルフロント4021教室
   講師:ヴォルグガング・ザイフェルト:ハイデルベルグ大学名誉教授
  詳細は以下のチラシをご参照ください。

『アジア民衆史研究』第 20 集を発行しました

『アジア民衆史研究』第 20 集を、下記の内容で発行いたしました。

序文 ……………………………………………………………………深谷 克己・中嶋久人

在日沖縄人の「日本主権」希求と朝鮮人………………………………………上地聡子
 ――GHQ占領下の生存権という視座からの一考察――

在日朝鮮人による濁酒と抵抗……………………………………………………李杏理
 ――1945-1949年「第三国人」排斥と生活を守るたたかい――

明治期日本における清国の法権行使………………………………………………趙国
 ――長崎の事例を中心として――

植民地期の歴史を朝鮮史として書くこと………………………………………加藤圭木

植民地朝鮮の歴史像………………………………………………………………大川啓
 ――趙景達『植民地朝鮮と日本』を読む――

植民地朝鮮をいかに見るか………………………………………………………趙景達
 ――書評:拙著『植民地朝鮮と日本』への応答――

混迷する植民地公共性論の行方…………………………………………………趙景達
 ――植民地近代性論批判再論――

 ※2015年5月刊行

2015年度第1回研究会のお知らせ

アジア民衆史研究会 2015年度第1回研究会を下記の要領で行います。 お誘い合わせの上、ふるってご参加下さい。

シンポジウム 「仁政」理念と19世紀日本  〔開催趣旨〕
日時: 2015 6 14 日(日) 13:00
報告: 小川和也氏     「仁政思想と東アジア世界における日本-「牧民の書」の受容と展開から見えるもの-」 早田旅人氏     「近世後期における為政論・仁政論の変容-二宮尊徳の天道・人道と仁政-」 檜皮瑞樹氏     「蝦夷地・アイヌ支配から仁政を考える」
会場:
明治大学駿河台キャンパス グローバルフロント2階 4021教室


お問い合わせ:
   〒101-8301 東京都千代田区神田駿河台1-1
   明治大学情報コミュニケーション学部 須田努研究室
   E-mail:popular.history.in.asia[at]gmail.com(事務局)
http://assoc-asia.blogspot.jp/
シンポジウム  「仁政」理念と19世紀日本
~開催趣旨~

 本シンポジウムでは、近世社会に広く共有された「仁政」理念の展開を、主に19世紀を中心に取り上げ、いわゆる「仁政」イデオロギー論の現在地を見通したい。
 近世日本の支配思想は、「仁政」という言葉に象徴される理念・イデオロギーであるとされる。幕藩領主たちは、天道から統治を「委任」され、「御救」に代表される「仁政」を施して「百姓成立」を保障するという理念を、自らの支配の正当性とした。これは、本来は百姓からの年貢収奪に依存している支配体制を転倒させた、イデオロギー(虚偽意識)である。しかし同時に、領主‐百姓間の関係意識でもあり、百姓が年貢を皆済しなければならないのと同じように、領主は百姓からの「御救」「仁政」の要求に応える存在でなければならず、身分的な規範意識となっていた。百姓一揆の多くは、こうした関係意識に基づいた「御救」「仁政」要求であり、近世日本の民衆運動の性格を規定する社会通念・世界観でもある。これらの議論は、1970年代初頭に幕藩制イデオロギー論として提起されたが、その後、領主層による虚偽意識という視角は徐々に後景に退き、領主と民衆の間の社会的約定、一種の双務的な契約関係と理解されるようになり、現在では、近世日本の支配‐被支配関係を説明する汎用性の高い概念として、研究史上に定着していると言ってよい。
 ただし、「仁政」を標榜する政治理念のあり方は、近世を通じて不変であったわけではない。そもそもこの理念は、寛永飢饉に象徴される17世紀中葉の体制的危機に対応して成立したとされ、18世紀中葉以降、財政悪化によって領主の「御救」機能が低下することで変質していくと見通されていた。また、「仁政」理念の近世社会への浸透は、大きくは儒教の浸透と足並みを揃えていたと言えるが、一方で近世前期にそれが領主層に受容された際に大きな役割を果たしたのは、儒教よりも軍記講釈師(「太平記読み」)の語る明君像であった。このように、社会に普遍性をもつ「仁政」という政治理念の、一方における多面性や時代的変遷をどのように捉えるのか、という課題は現在に引き継がれ、近年では、その思想的・機能的側面や、民間社会との緊張関係が、様々な角度から追及されている。とりわけ、この政治理念を構成する諸々の要素は、大きくは東アジアの政治文化に連なっており、「東アジア近世…