移動・接触からみる空間認識
アジア民衆史研究会では2001年度以来、中長期的なテーマとして「東アジアにおける民衆の世界観」を掲げている。空間・時間・人間に関わる意識総体を<世界観>として把握し、そこからアジア地域における民衆の主体形成の問題を検討することを課題としている。
アジア民衆史研究会では2001年度以来、中長期的なテーマとして「東アジアにおける民衆の世界観」を掲げている。空間・時間・人間に関わる意識総体を<世界観>として把握し、そこからアジア地域における民衆の主体形成の問題を検討することを課題としている。
このテーマのもと、2001年度は民衆の<世界観>の一側面として「君主観」の問題を取り上げ、続いて2002年度・2003年度は、「他者をめぐる空間認識」の問題を取り上げた。民衆は自らの所属している空間をどのように認識しているのか、という問題意識のもと、2002年度は大きく視野を広げ自己と他者との関係の中における空間認識を検討した。さらに2003年度には特に権力関係の中での空間認識の問題を検討し、支配層と民衆との認識のズレの問題について検討することが出来た。また、「境界」というものがアプリオリに存在するのではなく、「他者」との出会いを通じて形成されていくものであること等についても、幅広い議論をすることが出来た。
しかし、一昨年度及び昨年度における空間認識というテーマは、アイデンティティの問題に回収される可能性があるという問題点が浮き彫りとなった。また、「空間」というものを、日常的な空間から、宇宙や世界といった意識的にしか理解出来ない空間、さらには「国民的共同体」といった仮想的空間にまで幅広く設定したために、議論の焦点が絞り切れないという問題が生じた。
そこで本年度は、昨年度までのテーマである空間認識の問題を継承しつつも、より焦点を絞り、さらに具体的なものとして「移動」の問題に着目したい。移動の結果として起こる接触の場面は、空間認識という視点から見れば「対面空間」と言うことも可能である。移動によって生じる接触は、それまで保持していた<世界観>の変容を迫りうる。あるいは接触により、それまでの<世界観>をさらに強固なものに再編していくことも考えられる。「対面空間」すなわち出会いの場面でどのような認識が形成され、あるいは変容を遂げるのか。移動・越境・接触の場面での<世界観>の形成と変容に着目することで、こうした問題に迫ることが可能であると考える。
またここでは、「国家を背負った人間同士の接触」という認識を前提とせずにひととひととの接触による<世界観>の形成過程と変容を検討し、その経験がさらに意識・移動(実践)を規定してゆく過程を検討していくことにしたい。ここでは、時代設定を「近代移行期」のみに限定せずに、その前後の時期を含めて幅広く見ることで、「前近代」と「近代」との差を浮き彫りにしていきたい。特に、植民地等の「近代」特有の問題を考えるためにも、時代設定を小さく限定せずに長期的視野で検討することが有効であると考える。地域設定においても、欧米との接触によって「近代」への対応を迫られた地域としての「アジア」を対象としながら、その「アジア」という空間認識自体がこの時期に作られていくという過程をも視野に入れて議論を深めていきたい。
具体的には、漂流・移民・交通・観光などの事例をもとに、民衆の<世界観>を知るための方法を模索しながら、移動の結果として起こる接触の場面で、民衆の<世界観>がどのように構築されていくのかという問題に取り組んでいきたい。
文責:鈴木文
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