工兵と新聞記者がみた19世紀朝鮮
アジア民衆史研究会 2018年度第2回大会
報告者・論題
第一報告
- 廣瀬邦彦(舞鶴地方史研究会・京都府立東舞鶴高校)「「韓行日記」発掘のいきさつと所蔵者池田儀一郎について」
- 青木然(アジア民衆史研究会・たばこと塩の博物館)「原正忠「韓行日記」からみる壬午軍乱と朝鮮観」
第二報告
- 中川未来(愛媛大学)「日清戦前の朝鮮経験と対外観形成—在朝日本人・居留地メディア・地域社会」
コメント
- 金山泰志(同朋大学)
日時・会場
2018年12月8日(土)午後1時30分開始
明治大学 駿河台キャンパス リバティータワー 11階 1113教室
事前申し込みは不要です
お問い合わせ/最新情報
アジア民衆史研究会事務局popular.history.in.asia@gmail.com
趣旨文
2018年第2回研究会では、壬午軍乱(1882年)に従軍した工兵と甲午農民戦争(1894年)を報じた新聞記者の朝鮮経験に着目し、彼らのテクストやその影響から、同時期の日本の朝鮮観を考えたい。 近代日本の対外観に関する研究では、その時代を代表する知識人の論説やメディアの論調に着目し、内政・外政のパワーバランスをめぐる議論のなかで、対象となる国・地域がどのように論じられたかを分析する方法が主流といえる。当時支配的だった対外観を復元するうえでは、こうした方法は有効だろう。
しかし、時代を牽引した外交論は自国に利するように論じられる傾向にあり、その対外観もおのずと論旨に合わせ戦略的に構築されたものとなる。また、当時の論調から最大公約数的な“日本の”対外観を導き出すことは、個々の主観に現在の地点からナショナルな枠をもう一度かぶせてしまう作業ともなる。近年では視聴覚メディアなどの通俗的なテクストも視野に入れながら、より広範な民衆の対外観を見通そうとする研究も増えてきているが、こうした作業も日本語メディアの作り出した解釈枠組みを復元することに終始しかねないという問題を抱えている。
現在を生きる私たちの対外観がナショナルな語り方に拘束されていて、それが排外主義への傾斜を促すこともある。だとすれば、対外観の研究においては、支配的な対外観の復元だけをめざすのではなく、個々の経験や動機に根ざしたレベルの対外観から、支配的な対外観の構築性を浮かび上がらせていくことこそが求められるのではないだろうか。こうした作業には、支配的な対外観においては図式化されがちな民衆像を、個々の語り手が観察した生きた民衆像によって相対化していく、民衆史の課題も含まれる。
なかでも朝鮮は、近代になって文化先進国から植民地へと転化した点で、日本にとって特別な関係の他者だといえる。もちろん前近代にも弱小視や膺懲論は存在していたが、西力東漸の国際情勢下で近代西洋文明の価値観に基づく蔑視が支配的になっていった朝鮮観については、とくにその構築性が問題化されるべきだろう。従来の研究では主として、吉野誠氏らにより、道義論的な征韓論から地政学的必要性に基づく進出論への展開として為政者側の朝鮮観が考察され、山田昭次氏らにより、そのアンチテーゼとして自由民権派が提示した連帯論にも指導者意識が内在することが考察されてきた。しかし、こうした外交論が参照していた朝鮮に関する知識、あるいは実際に朝鮮へ渡った人びとの経験については、木村健二氏らによる在朝日本人研究などで各論的に深められてきたものの、こうした見聞・経験と外交論との往還関係から朝鮮観を考察する研究成果は乏しい。
そこで本研究会では、朝鮮に渡航し、その地勢や社会を目の当たりにした二人のテクストを軸に、そこに表れる朝鮮観を、同時期の日本において支配的であった朝鮮観との相違や関係性を踏まえながら検討してみたい。
第一報告では、壬午軍乱に陸軍の工役長として従軍した原正忠の手記に着目する。本史料は、日清戦争以前に朝鮮へ渡航した人物が見聞・所感を記した極めて希少な記録のひとつであり、研究で用いられるのは恐らく今回が初となる。伝存の経緯等については丹後の地域史を調査研究している廣瀬邦彦氏が、本史料からうかがえる朝鮮観については民衆の東アジア認識について研究している青木然氏が報告を行う。手記からは、工役長という技術者・労務管理者的な立場ゆえの、地勢や建造物への所感、日本人・朝鮮人双方を使役した経験などが読み取れる。本研究会の趣旨である、個人の経験から生じる朝鮮観と同時代の日本社会で共有されていた支配的な朝鮮観との関係性について、有益な知見が得られよう。
第二報告では、『朝鮮新報』主筆、『大阪朝日新聞』仁川通信員として甲午農民戦争を報じた青山好恵に着目し、在朝日本人の朝鮮経験、居留地メディアと対外観形成の関係について、中川未来氏が報告を行う。中川氏は、従来の研究で対外観に直接関わる部分のみ取り出され論じられてきた言説を、同時代の文脈に置き直して再検討することで、アジア観研究に新たな視点を提示してきた。対外観形成の情報源となる海外報道がどういった人物のどういった視点による情報から導かれたものだったかを検証するメディア史的な方法、外交論を国家利害の反映としてのみ把握するのではなく、地域経済や民衆生活の利害が外交論に影響を与えたケースにも着目する地域史的な方法を複合させた中川氏のアプローチは、本研究会を構想する源ともなっている。
さらに上記二報告について、明治期から昭和戦前期のメディアを用いて中国観を研究している金山泰志氏より、中国観との比較や対外観研究の方法といった観点からコメントをいただく。コメントを踏まえ、より深まりのある議論ができればと考えている。
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